この刀掛けは江戸時代の漆塗刀掛けです。
普通の漆塗りと違い塗が厚く「根来」といわれるものです。
福岡市内の古いお宅の床の間に置いてありました。もともとは
日本刀を飾っておいたようですが
2,3年前にやはり骨董品買取業者が買っていったそうです。
しかしこの刀掛けは私が買取りました。 鎌倉時代、高野山における対立により紀伊国根来寺(和歌山県岩出市)に本拠を移した新義真言宗の僧徒が、寺内で使用するために製作した漆器が有名となったため、広く朱漆器が「根来塗」と呼ばれるようになったそうです。 一般に、古い朱漆器では、表面の朱漆が摩滅して、下地に塗られた黒漆が所々露出し、模様のように見えることが多いようです。これを人為的に再現し、朱塗の中に黒い部分が浮かぶのを、デザインとして見せることも行われています。1585年(天正13)豊臣秀吉の根来攻めにあたって、漆器職人達も根来を退去し、海南黒江、輪島、薩摩等に移住して、それぞれの土地に
漆器の技法を伝えたとされます。また朱漆をかけず、黒漆のまま仕上げたものは、「黒根来」と呼ばれる[6]ことがあり、茶道具として珍重されております。